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ニッポンレンタカーHOME > 旅のお役立ちガイド > ドライブガイド > 青森・津軽半島をめぐる(4)

青森・津軽半島をめぐる(4)

ドライブライン

旧東奥義塾外人教師館(移築) 春は桜、夏は緑、秋は紅葉そして冬は純白の雪景色の中に佇む弘前城。その城下町弘前は古い武家の歴史の遺産とともに、明治、大正、昭和のモダンでハイカラな建造物を多く残す町でもある。また青森ねぶた、五所川原立佞武多のねぶたと並んで“弘前ねぷた”は、青森の三大イベントで、8月上旬のほぼ同時期に開催される。
弘前市街より東へ約10km、雪国独特の木造アーケード「こみせ」に古い商家が続く街並み(重要伝統的建造物群保存地区)を散策、さらに十和田湖方面に少し足を延ばせば、湯治場として栄えてきた黒石温泉郷もある。


サムネイル1 サムネイル2 サムネイル3 サムネイル4 サムネイル5 サムネイル6

ドライブライン

<コース>
新青森駅−(国道7号線)−青森市街−三内丸山遺跡−(国道280号線・松前街道)−今別−(国道339号線)−龍飛岬−磯松−(県道12号線・十三道)−十三湖−こしみず−(国道101号線)−鰺ヶ沢−深浦−陸奥岩崎−十二湖−岩崎−(県道26号線・白神ライン)−(赤石川林道)−くろくまの滝−(町道191号線)−鰺ヶ沢−弘前−黒石−(国道7号線)−新青森駅
行程 約70km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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市内からの岩木山。広く裾野を引く
市内からの岩木山。広く裾野を引く

●弘前城

津軽を統一した藩祖・津軽為信が造成を計画、二代目藩主信枚が慶長16年(1611)に築城。天主や櫓、城門三重の水濠などが築城時の形態を残す。城の周辺には鷹が沢山いたことから別名、鷹岡城とも呼ばれていた。今年、平成23年(2011)は、築城400年に当たる。

弘前城・天守閣
弘前城・天守閣
追手門
追手門

北門(亀甲門)
北門(亀甲門)
内堀に架かる杉の大橋
内堀に架かる杉の大橋

江戸時代には弘前藩津軽氏の居城として、津軽地方の政治・経済の中心となっていた。城郭は本丸、二の丸、三の丸、四の丸、北の郭、西の郭の6郭から構成された平山城だ。
現在は、堀、石垣、土塁等城郭などはほぼ、昔のままの全容をとどめている。天主をはじめ、辰巳櫓、丑寅櫓、未申櫓、三の丸追手門、東門、二の丸東門、南門などが国の重要文化財に指定されている。
東門
東門

現在は建物を含めた総面積約40万m2が「弘前公園」として一般開放されているが、天守閣は「弘前城資料館」として、本丸・北の郭は「弘前植物園」で、どちらも有料。公園内は広いので、建造物の見学だけでもかなり時間を要する。
/資料館入館料 300円、植物園入園料 300円(共通券 500円)、TEL 0172-33-8739

●観光館

弘前城追手門前にある大きな近代的建物に、観光案内所はもとより伝統漆器の津軽塗りから、ごんぎ刺繍などの民工芸品や物産店など一堂に集めたコーナーがある。見逃せないのは、ねぷた展示と、山車展示館だ。地下は駐車場になっている。

弘前市立観光館。内部や裏に様々な物がある
弘前市立観光館。内部や裏に様々な物がある
ねぶたの面からTシャツまで様々(物産館)
ねぶたの面からTシャツまで様々(物産館)
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土産用の人形、こけしなど
土産用の人形、こけしなど
弘前ねぷた、津軽凧など
弘前ねぷた、津軽凧など

津軽塗りの見事な重箱
津軽塗りの見事な重箱
津軽塗りの品々
津軽塗りの品々

●観光館・山車展示館

弘前ねぷたは大きさでは青森ねぶた、五所川原立佞武多のねぶたに劣るが、坂上田村麻呂の蝦夷征伐の伝説とともに、約300年の歴史を誇る。武者絵が描かれた扇ねぷたと組ねぷたは80台と多く、「出陣ねぷた」とも呼ばれている。
「青森のねぶたは動で、弘前のねぷたは静」だといい「青森は“ねぶた”というが、弘前は“ねぷた”という」、同じ祭りでも違いは大きいと観光案内所の人は言った。
いずれも元は素朴な夏祭りだったが、一つのねぶた制作に大きい物は1,000万円もかかるという現在は、市や企業がスポンサーとなって東北の祭りを盛り上げているのだと、地元の人が教えてくれた。

物語をかたどった山車が多く展示されている
物語をかたどった山車が多く展示されている
大根の山車も(山車展示館)
大根の山車も(山車展示館)

弘前の8月の夜を彩る重要無形民俗文化財である各町内の山車絵「弘前ねぷた」7つと、直径4mもある大太鼓が展示されている。
/入館料 無料、TEL 0172-37-5501
強情張大太鼓。直径4mと書いてあった
強情張大太鼓。直径4mと書いてあった

弘前観光館から見る岩手山
弘前観光館から見る岩手山
観光館内にもねぷた
観光館内にもねぷた

●旧弘前市図書館

観光館の大きな建物の敷地内に明治時代に建てられた洋館2棟がある。その一つが明治39年(1906)に建てられた木造3階建て、鉄板葺き、正面両側が八角形の双塔のドームの旧図書館だ。設計も棟梁も、名匠といわれた堀江佐吉で、石積の基礎、白板壁に緑枠の窓、軒下の施された蛇腹模様、棟飾りなど、当時の洋風建築の要素が取り入れらたルネッサンス様式。
昭和6年(1931)には民間に払い下げられ、賃貸アパートや喫茶店などに利用されていたが、平成元年(1989)に弘前市が再取得し、現在の場所に移築。市立郷土文学館として一般公開されている。
/入館料 無料、TEL 0172-82-1642
旧弘前図書館(移築)
旧弘前図書館(移築)
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●旧東奥義塾外人教師館

旧東奥義塾は明治5年(1872)、青森県最初に開校した私立学校で、その教師に招かれた外国人宣教師の住居用建物として、明治34年(1901)に建築された。木造2階建てで、設計は外国人となっているが、本間俊平という説もある。また施工は堀江佐吉ともいわれている。
昭和45年(1970)までは外国人宣教師が住んだが、昭和63年(1988)に弘前市に寄贈された。現在は一般公開されている。また1階はスナックとなっていてコーヒーやランチが楽しめる。
/入館料 無料 、TEL 0172-37-5501
旧東奥義塾外人教師館(移築)
旧東奥義塾外人教師館(移築)
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●ミニチュア建造物

市立観光館の敷地には、市内に数多く残る明治・大正時代の建造物をミニチュアで再現している。現在も残る元青森銀行は記念館に、旧弘前偕行社、弘前昇天教会聖堂、日本基督教団弘前教会堂はもとより、現在は失われた旧弘前市役所や当時のモダンな建物など十数棟が並ぶ。
建物の中やその周囲には、当時のハイカラな服装の人々までもが精巧に再現されている。
明治・大正の ミニチュア建造物
明治・大正の ミニチュア建造物

●津軽藩ねぷた村

弘前城北門近く、堀の脇に作られたねぷたと津軽三味線を紹介する施設。別棟では津軽三味線の演奏もある。
その他敷地内には、青森リンゴからその加工品などの展示即売、土産ものや物産販売所もある。
/入館料 500円、TEL 0172-39-1511
ねぷた村。津軽三味線の実演や、リンゴから作られた製品などもある
ねぷた村。津軽三味線の実演や、
リンゴから作られた製品などもある


●石場家住宅と武家屋敷

弘前城北門通り仲町にある木造平屋建て(一部2階建て)入母屋、雪国特有の木造アーケード「こみせ」がある大きな家で、現在は屋号「マルセ」という酒屋を営んでいる。
この住宅は弘前には数少ない江戸時代の建築で、当時の豪商の生活を知ることができる。「こみせ」の柱と赤いポストが印象的だ。酒(津軽の地酒が揃う)を買うこともでき、中を見学することもできる。国の重要文化財。
/入館料 100円、
  TEL 0172-32-1488
石場家住宅
石場家住宅

石場家裏通りには、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された一帯がある。
慶長8年(1603)弘前藩藩主津軽為信が計画した城下町で、主に重臣の子弟の住居が配置されていた。その屋敷割りがいまも残されたところ。道路に面する部分には、黒板塀や塀垣、門、庭など面影をいまに残す。他に旧岩田家や旧伊東家など、江戸時代の武士の住居を見ることができる。
/問い合わせ 弘前市立観光館、TEL 0172-37-5501

●黒門

津軽藩家の菩提寺・長勝寺参道には33もの禅寺を集めた禅林街と呼ばれる通りがある。二代藩主・信枚が、城の鬼門を守るために津軽一円から曹洞宗の寺院(禅寺)をここに集結させた。33もの同宗派が同じ場所に集まっているのも珍しいが、それらの寺が並ぶ入り口が黒門である。
この黒門は城郭建築にみられる高麗門形式で、長勝寺一帯が弘前城の出城の遺構とされ、興味深い建造物といわれている。

黒門
黒門
黒門から長勝寺まで、両側に寺が並ぶ
黒門から長勝寺まで、両側に寺が並ぶ

●栄螺堂(さざえどう)

天保10年(1839)弘前の豪商中田嘉兵衛が海難で死亡した人、及び天明、天保の飢饉による数万の餓死者を弔うために建立した御堂。
八角の稜形だが内部は、右まわりの回廊と直進階段を併用して昇降。全国でも稀な建築様式で、観音菩薩ほか諸仏体が安置されている。
栄螺堂
栄螺堂

●長勝寺

津軽家の菩提寺。当初は鰺ヶ沢に建立されたが、慶長15年(1610)弘前城築城とともに現在地に移された。高さ約16mもある三門は江戸初期に建てられたが、文化6年(1809)仁王像が入る部分が新設された。鎌倉時代の梵鐘、岩木山神社から移された蒼龍窟には五百羅漢がある。文亀2年(1502)建築の庫裡は現在修復中だ。
そして本堂の左手奥の杉の木立の中に五棟の霊廟が並ぶ。歴代藩主や奥方の廟で、二代目信枚の正室の満天姫は、徳川家康の養女であったことから、津軽家の家紋杏葉牡丹ではなく、葵の紋となっている。いずれも江戸時代初期から中期のもの。これらは五百羅漢を除いてすべて国の重要文化財だ。本堂及び霊廟へは案内人が付く。
/拝観料 300円、TEL 0172-32-0813

長勝寺三門
長勝寺三門
嘉元鐘
嘉元鐘

津軽家の廟。同じような廟が5つ並ぶ
津軽家の廟。同じような廟が5つ並ぶ
蒼龍窟。手前左は釈迦500人目の弟子、マルコポーロだという
蒼龍窟。手前左は釈迦500人目の
弟子、マルコポーロだという
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●黒石・こみせ通り

雪国独特の雨や雪を防ぐ木造のアーケード「こみせ」は昭和の時代まで、東北の町のどこでも見られた。それも時代の波とともになくなり、いまでは「こみせ」を残すところも少なくなった。弘前から約10km東にある黒石市の旧市街にその「こみせ」が連なる町並みがある。
国の重要文化財でもある「高橋家」をはじめ、市指定の「鳴海家」、映画やテレビドラマのロケ地にもなった「中村亀吉酒造」などがこみせ通りを保存。この「こみせ」が連なる町並は、江戸時代の情緒を残し「重要伝統的建造物保存地区」や「日本の道百選」にも選定されている。
また、いつのころかわからないが、子供のおやつとしてこの地域で定着していた「つゆやきそば」(焼きそばに出し汁を掛ける)が、いまはB級グルメとして全国的に知れ渡り、観光客のもう一つの人気にもなっている。

「こみせ」はアーケード。新潟では雁木という
「こみせ」はアーケード。新潟では雁木という
こみせ通りの酒蔵
こみせ通りの酒蔵

黒石市消防団屯所と火の見櫓
黒石市消防団屯所と火の見櫓
杉の葉で作った酒林は酒蔵の象徴
杉の葉で作った酒林は酒蔵の象徴

黒石名物だという
黒石名物だという
つゆ焼きそば
つゆ焼きそば

●黒石温泉

黒石の町より国道394号線を八甲田山方面に数キロのところに黒石温泉郷と呼ばれる温湯、落合、坂留、青荷温泉という古くから湯治場として栄えてきた温泉場がある。情緒ある古い旅館や、真新しい日帰り温泉、ランプの宿として、リピーターや長期滞在の湯治客に親しまれている宿もある。
/問い合わせ 黒石観光協会、TEL 0172-52-3488

黒石温泉郷の温湯温泉。湯治場の雰囲気が残る
黒石温泉郷の温湯温泉。湯治場の雰囲気が残る
旅館ではなく客舎となっているのがいい
旅館ではなく客舎となって
いるのがいい


●田舎館村埋蔵文化財センター

昭和56年(1981)東北地方ではじめて発見された弥生時代中期(約2000年前)の水田跡とそこに残された足跡や、近くの遺跡から発掘された土器や石器などが展示されている。
北緯40度以北の寒冷地で、稲作が行われていた証としての貴重な発見。水田跡にそのまま屋根をかけて保存展示されている。しっかりと残された古代人の足跡は意外に小さい。細いかかとや力強い指先が興味深い。
弘前と黒石の中間にあたる国道102号線沿い「道の駅・いなかだて」の裏にある。
/入館料 隣接する「博物館」と共通 500円、TEL 0172-43-8555

弥生時代水田跡の博物館
弥生時代水田跡の博物館
水田付近から発掘された土器
水田付近から発掘された土器

灌漑用水路、畦(あぜ)。弥生時代のたんぼ跡
灌漑用水路、畦(あぜ)。
弥生時代のたんぼ跡

弥生時代の水田に残された足跡
弥生時代の水田に残された足跡



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津軽なび
津軽の観光情報サイト。「日本一」「建物」「岩木山」など目的からスポットを探すことができる。

取材:2011年7月

※ドライブコースの情報はそれぞれの記事の取材時点のものです。

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